「第3回Keio Astrobiology Camp 2018」開催!

 

集合写真

 

<総括>

2018年3月25日- 27日に慶應義塾大学先端生命研究所(山形県鶴岡市)にてサイエンスキャンプ「Keio Astrobiology Camp(慶應アストロバイオロジーキャンプ)2018」を開催した。先端生命科学研究所では2016年から高校生から大学院生を対象に宇宙生物学に関連したキャンプを行ってきたが、今年も全国から募集人数を大幅に超える応募が寄せられ、書類選考を経て決定した43名(高校生18名、大学生23名、大学院生1名、その他1名)と14名の講師が参加した。

3回目の開催となる今回のキャンプは、「地球と宇宙における生命の起源」をテーマとして、国内外で活躍する最先端の研究者による講演、学生による自己紹介を兼ねたポスタープレゼンテーション、グループワークと課題発表、さらには施設見学と、高校生及び大学生にアストロバイオロジーというキーワードを通じて、様々な研究分野に接してもらう機会を提供した。特に東京工業大学地球生命研究所(ELSI)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、自然開発科学機構アストロバイオロジーセンター(ABC)/国立天文台、理化学研究所、高知大学、九州大学、東北大学、慶應義塾大学先端生命科学研究所、NASAジェット推進研究所(米国カリフォルニア州)などに所属する第一線の研究者達による特別セミナーでは、それぞれの講師の研究はもちろん、自身の高校/大学在籍時のエピソードなど学生にとって研究者を身近に感じられるような内容が盛り込まれ、学生達の関心も高かった。2日目には学生達各々が興味を持った研究分野に応じてグループに分かれてもらい、講演者からのアドバイスを参考にしながら「未来のアストロバイオロジー研究プロジェクト」を発案する課題に挑んだ。最終日には各グループがそれぞれ個性豊かな発表を披露し会場の笑いを誘ったり、講師陣からの感想やコメントで一喜一憂する場面も見られた。最終的に講師陣の投票により、優秀プロジェクトを考案した3つのグループが表彰され、そして全日程に参加した学生には合宿修了証が授与された。

 

特別セミナー一覧

 

合宿1日目 (3月25日)

スーパーレクチャー 

 

高井研

海洋研究開発機構(JAMSTEC)

「諸君、アストロバイオロジーなしには生命の起源の謎は解けないのだよ」

 

JAMSTECで日本の宇宙生物学を牽引する傍ら47都道府県を巡って学生に講義をしていた高井さんはまず、私たちがなぜ学ぶのかについて独自の視点で語ってくださった。

 

『まず、私たちが学ぶ理由についてお話しします。近年、型にはまったような優等生が多くなり、多様な考えを持つ人が生まれなくなっています。そんな現状を変えるために現在は全国の高校を回って講義を行っています。私たちが勉強する理由の本質はいい会社に入るためでも安定した生活を得るためでもありません。我々が勉強する理由の生物学的な答えは、結局のところ私たち自身が知らないことを知りたいと本能的に望んでいるからなのです。そのことはゲノム中にも記されています。全人口中20%程度の人が、冒険遺伝子とも呼ばれるドーパミン受容体D4遺伝子を保持していると言われています。この遺伝子は危険を冒して冒険する人たちに多く見られるようですが、その本質は自分の知らない「知」を渇望する遺伝子です。これはつまり、私たちのゲノムの中に、本能として学ぼうとする姿勢があるということなのです。それにもかかわらず、私たちは時として勉強することを面倒だ、嫌だと感じたりすることがあります。これはなぜなのでしょうか。氷山の一角という言葉があるように、実は自分自身にも意識下の部分と、無意識の部分があります。つまり、意識下にある自分の5%程度の部分では勉強したくないと思っていても、無意識下の95%の自分は勉強したいと思っているのです。勉強は無意識下で行われるものですが、勉強を重ねると、それを無意識下から意識下に落とし込むことができるのです。だから、勉強は単なる教科書の詰め込みや授業だけではありません。あらゆることの吸収が勉強です。私たちの脳内の世界は小さいものですが、リアルな世界はそれに比べてとても大きいものです。この小さい世界を大きくしていくことこそが、学ぶことであり、サイエンスなのです。』

「知」を渇望する私たちの好奇心こそがサイエンスの本質であることを高井さんは改めて教えてくれました。さらに話は所属先のJAMSTECに移る。

 

『ここで少しJAMSTECについての紹介をします。JAMSTECでは7隻の大きな船を保持しており、これを使って日々海の研究が行われています。近い将来の構想としては、現在陸上のブラウザなどでワンクリックで受注すると、希望の地域の海中探査ができるようなシステムを作ろうとしています。これについては現在クラウドファウンディングで資金調達を行っており、10~20年後に実装されることを目指しています。 また、潜水艦をワンクリックで遠隔操作できるような技術の開発も試みています。これはエンセラダスの地表を覆う氷の下の調査など、将来の宇宙開発につながる技術でもあります。JAMSTEC研究で主に研究がなされている分野は地球環境や海洋ですが、生命の起源や進化についての研究もなされています。現在の生物学の分野では研究対象の生物についての知見は徐々に深くなってきていますが、地球生命そのものについてはまだまだ分かっていないところが多くあります。例えば、近年の研究でバクテリアの全く知られていないなかった生物系統が見つかってきたことによって生命の系統樹は大きく書き換えられ、生物系統の大部分は私たちがこれまで発見すらしていなかったものであることが明らかになりました。』

 

高井さんの「生命の起源」に対する見解も興味深いものだった。

 

『地球における生命が1つの共通祖先に収束するから生命の起源が1つであると考えることはできても、宇宙における生命を考えるアストロバイオロジーの分野において、ダーウィンの考えは生命の起源として不適切なのではないかというようにも考えられます。生命の起源が多起源であるのか、1つであるのかは未だに分かっていません。これを解明するのがアストロバイオロジーの今後の大きな課題といえます。

〜中略〜

JAMSTECでは地球深部の極限条件下で生物を発見することで、生命圏の限界を探る上での多くの研究成果を上げています。現在までに極限環境に生きる生物は、高温・高圧環境下で生存できる微生物や放射線・紫外線耐性を持つ微生物などが見つかっており、これらの生命圏限界を踏まえると宇宙空間は生命が存在するのに到底無理な環境ではないといえます。海底での掘削により、生命の存在圏は温度によって限界値があることが分かってきたことから、宇宙における生命圏でネックになってくるのは温度です。宇宙における生命の生存可能性は電圧と電力の2つの指標で定義されており、電圧は利用可能なエネルギー勾配、電力は利用可能な時間あたりのエネルギー量と置き換えられます。これまでの研究では生物は温度が上がるほど同じ時間あたりに多くのエネルギーを必要とすることが実験と理論によって分かってきました。近年pHもまた生命の存在において重要な条件であることが分かってきましたが、単純にエネルギーの観点から見ると、生命はシンプルに説明ができるのです。これは生命の起源についても同様です。物理法則は宇宙空間でも共通であることから、エンセラダスにおいてもエネルギー勾配の法則を同様に当てはめることができます。実際にエネルギー計算によって生物の生存可能性を計算したところ、とても多くの微生物がエンセラダスに存在すると予測できました。このことから、エンセラダス環境のpHが生命の存在できる範囲内であった場合、実際に微生物を発見することができると考えられます。もし地球外で新しい生命が発見することができたら、地球生命と生命システムの比較ができます。地球外生命の生命システムが我々と同じであるか否かを調べることで、生命の起源が1つなのかそうでないのかという、私たちが2400年間解けなかった生命起源の謎が解かれるのです。地球外の星で違う生命システムの生物が見つかれば、生命の起源が1つでないことが証明できます。地球外の生物を見つけること、そこが宇宙生物学のスタートであり、そこから太陽系大航海時代が始まるのです。』

 

最後に冒険とロマンの代名詞でもある某アニメになぞらえて、いままさに私たちが生きている時代に地球外生命が見つかる可能性を予感させてくれました。海洋から端を発した研究がアストロバイオロジーにつながっていく高井さんの壮大なストーリーに多くの学生が真剣に聞き入っていたのが印象的だった。

文・高橋佑歌


セッション1 惑星環境と生命の進化

 

奥村知世

高知大学海洋コア総合研究センター

「地球最古級の化石、ストロマトライトの魅力と謎」

『高井さんの後の発表で盛り上げられるか少し不安はありますが…』と優しげな笑みとともに登場されたのが、ストロマトライト研究の第一人者である奥村さんだ。ストロマトライトといえば高校で生物を習った人なら一度は聞いたことのある有名な化石であり、微生物マットが張り付いたところに形成されるのではないかと考えられている。西オーストラリアの海では今現在でもストロマトライトが発達していることが確認されており、そこではシアノバクテリアを主体とした微生物マットが発達していたために、ストロマトライトはシアノバクテリアが作ったもの、すなわちシアノバクテリアそのものの化石なのではないかと長年考えられていた。

 

しかし、20年ほど前から”ストロマトライトは本当にシアノバクテリアの化石なのか?”と疑問の声が上がり始めたという。その理由の1つが、ストロマトライトは時代とともに構成が大きく変化していることだ。現在の海洋で発達しているストロマトライトは他所から運ばれてきた砂つぶの集まりから合成されているが、古い時代に多いストロマトライトは海水から直接沈殿した針状結晶や微小結晶の集まりから合成されている。同じストロマトライトであるにも関わらずここまで構成が違うのは、全く異なった作られ方で形成されているからなのではないかと考えられている。

 

さらに、シアノバクテリアが存在しない環境からもストロマトライトと認められる兆候が発見されたうえに、様々な数理モデルを用いた検証から非生物的環境であってもストロマトライトが形成される可能性が示唆された。ここまで来るとストロマトライトはシアノバクテリアの化石ではないどころか、非生物学的なプロセスでできてしまうのではないか…という疑問を持たざるを得ない。一方で、近年の火星探査により西オーストラリアのストロマトライトとよく似た構造が数多く発見された。火星は昔地球と同じような海が存在していたことから、火星でも原始的環境で微生物によりストロマトライトが形成されたのであれば、それは火星生命の謎を解く鍵になりうることが考えられる。地球外生命の理解に一歩近づくためにも、今後の火星ストロマトライト探査から目が離せなそうだ。

 


 

佐藤友彦

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)

「地球生命の進化は、いつどこで起こったか?」

 

夕方になり少し疲れが見え始めた参加者を癒すため、謎の石を持って笑顔で登壇してきてくださった佐藤さん。そんな参加者をいたわる優しさとともに、地球生命の進化はいつ、どこで起こったのかというテーマでお話をしてくださいました。

 

『進化とは、そもそも変異が集団の中に固定されることであり、ポケモンのコイキングがギャラドスに進化するようなものではない。変異は集団の母数が少ないほど定着しやすくなるため、環境の激変などによる個体数減少により進化は起きやすくなる。つまり、環境変動や大量絶滅などのいわゆる地質記録が進化の鍵を握っているのだ。そんな進化がいつどこで起こったかを知るために、化石をよく調べる必要がある。その中でもドメインや門レベルの大きな進化の道筋をたどるには、真核生物化石、多細胞動物化石の出始めが重要である。』

 

『門レベルの進化のターニングポイントとされるのが、約5億年前のカンブリア爆発だ。この時期の多細胞動物の化石は中国の雲南省で数多く確認されており、佐藤さんも実際に足を運ばれて化石採掘・地層調査を行われた。このカンブリア爆発を機に生物の種類はどんどん増えていき、途中で大量絶滅により種類が大幅に減少するもののその後はやはり増加の一途をたどっている。』

『また、ドメインレベルの進化のターニングポイントとなっているのが約21億年前の、大型の真核生物化石が発見された地質年代だ。この化石は赤道直下にあるアフリカのガボンという地区で発見されており、そこには佐藤さんも立ち会われている。その大型化石は何らかの生物のコロニーのようなものと考えられているが、そこで生命活動があったのは確からしい。ガボンで見つかった化石の多くは自然原子炉の近くで見つかったため、進化と放射線には何らかの関係性があることも考えられる。この2つのターニングポイントの共通点がわかれば、それが大きな進化が起こる条件の1つの解明にも繋がる。そこで地球の酸素量に着目すると、何と酸素量の大幅な増大時期とそれぞれのターニングポイントがかなり近いことがわかった。』

 

現地球生命の多くが必要とする酸素はただのエネルギー産生のための道具に留まらず、我々のこれまでの進化の鍵にもなりうる存在だというのはとても興味深い。ちなみに最初に学生達に配っていた謎の石の正体はチャートであり、酸化鉄を豊富に含んだ堆積岩であるとのこと。

 


 

滝澤謙二

自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター

「植物の色は別の惑星でも同じ?」

 

1日目及び第1セッションのラストを飾ってくださったのが、優しい語り口で植物の色はどの惑星でも同じなのか?というテーマでお話しくださった、光合成の測定に重きを置いて研究をされている滝澤さんだ。『この地球の植物は基本的に緑色をしているが、それは他の惑星でも同じでしょうか?』という常識を疑う質問に、スピーカーの交代時間で少し気持ちが緩んだ参加者達も思わず前のめりになっていた。植物の色の決め手となるのは、目に見える光、つまり可視光を利用して植物が光合成を行っているかということである。それぞれの惑星の様々な異なる環境に適するように生命は進化していくため、当然植物もその環境に適するような形に変わってゆく。それは光にも共通して言えることで、それぞれの惑星に届く光の波長は当然違うことが考えられ、植物はそれぞれ異なった波長の光を利用して光合成をしていくことになる。

『植物の色の研究は単純な惑星植物の理解というだけでなく、アストロバイオロジー的にも重要な要因である。光合成で利用する色で植物の色は変わるので、色がわかることでその惑星で多く使われる光の波長がわかる。それによって光合成に利用できる光エネルギーの推定ができるために、その惑星表面での酸素発生量がある程度推定できるようになる。さらに、生命指標の1つである”レッドエッジ”の推定も同時に可能になる。赤色矮星という、私たちの住む太陽系の太陽よりも温度の低く小さい恒星の周りを回る惑星と地球とを仮想的に比較してみると、地球の地表では近赤外線よりも可視光の方が多いために可視光が利用されるが、赤色矮星周りの惑星地表では近赤外線の方が多いことが考えられるため、可視光でなく近赤外線を利用している可能性が高い。しかし水中ではどちらの惑星も可視光の方が多いため、可視光が利用される可能性が高いことが考えられた。』

 

2027年に稼働開始予定の望遠鏡を利用することで近赤外線利用の光合成についての知見が得られる可能性があり、そうなると『植物の色はどの惑星でも同じなのか?』というこのテーマの答えにも近づける可能性が十分にあるとのことであった。今後のアストロバイオロジーセンターの研究に要注目である。

文・岡部晴子


 

合宿2日目 (3月26日)

セッション 2 生命システムを理解する

 

前多 裕介

九州大学

「生命の成り立ちを極限環境と物理学で探る」

 

他の講演者の方々が極めて生物学的な視点から話してくださる中で、物理、数学的な視点で生命の起源の捉え方について講演してくださった前多さんのお話は筆者にとって興味深いものであった。

 

前多さんはまずどのようにして自分が研究者になったのかについてお話しされた。海外で様々な国の研究者の所属するグループで活動されたという貴重な経験談や、生命の起源について研究しようと思いたったモチベーションなどは、今後アストロバイオロジー分野での研究者を志す会場に集まった多くの学生たちにとって非常に興味深いものだっただろう。

 

その後研究内容についての紹介に入る前に、前多さんはセンター試験の問題やAKB総選挙の得票分布などのユニークな例を用いて指数関数を紹介された。高校で習う、一次関数よりも早く増大し、減衰するという非常に一般的な関数であるが、そんな指数関数は「要素の総数が決まっていてかつ独立で、ランダムな確率で要素を抜いていった時の、”現実に最も確からしく実現する確率分布”」としても捕らえられている。

 

化学進化において、生命に必要な高分子、つまり核酸や脂質の高分子は小さな断片が結合し合うことによってサイズを徐々に大きくしていくと考えられているが、指数関数を用いて考えると、例えばサイズが100の分子を作るにはその素材になりうる分子が1.0×10^44個という莫大な数だけ必要になってくるというのである。

これはつまり生命が誕生しうる確率がどれだけ低いかを示しているわけだが、ではその状況を打開するにはどのような手段があるのだろうか。どのような必要条件があれば生命が誕生する確率をあげることができるのだろうか。その方法として、前多さんは①どこか1箇所に素材となる分子を高濃度で集める、つまり初期条件を変えるというもの、そして②素材が結合する反応を非ランダムに起こす、つまりある程度素材が結合している状態が平衡状態であるようにするというものの2つを提案された。①の鍵となるのは非平衡な物理現象である。温度勾配では熱対流や輸送現象が生じることが知られているが、自然界に存在するその例の一つである深海の熱水噴出孔と同等の熱勾配を実験室で再現し、検証した実験では、熱勾配の環境下で1箇所に分子が集まり、さらにその分子が互いに似通ったものであることがすでに発見されている。加えてそのような環境下では細胞サイズの脂質膜ができること、拡散の複製に必要なPCRが起こりやすいことなどもわかっている。つまり温度勾配環境下においては他の環境と比べて生命がある程度誕生しやすくなるということが明らかになっているということである。

 

今後生命が誕生しうるようなシナリオが提案されたとして、そのシナリオで生命が誕生するかどうかと、実際に昔の地球でそれが起こったかどうかとは全く別の議論になってくる。”地球においての”生命の起源を明らかにしたいのであれば、その起こりうる確率、確からしさについても考察する必要があるのは明白である。そうしたときには生物分野のエキスパートだけでなく、前多さんのような物理、数学分野の専門家、また他の様々な分野がコラボレートしていくことが不可欠となってくる。今後の前多さんの活躍に期待したいと思うところである。

 


 

ガリポン ジョゼフィーヌ

慶應義塾大学先端生命科学研究所

「生命の立体構造を再構築する」

 

生物が長い年月の中で環境に適応することで獲得してきた機能を模倣するという、バイオミメティクスと呼ばれる分野があるが、最近になって3Dプリンタの普及がなされてきたことで、その一部であるバイオプリンティングという分野が加速してきている。バイオプリンティングとは、生物の3Dデータをプリンタに読み込ませることで臓器や生物そのもののモデルを作るという技術であり、今後様々な分野でその成果が有効的に活用されることが期待されている。例えば再生医療分野においては、実際の臓器からデータを取り、そこから臓器を再現することなどが検討されており、またそこで作られる人工臓器を実験装置として用いることや、科学教育分野での活用なども考えられている。

 

バイオプリンティングを用いた例として、これまでにマイクロスキャナでクマムシをCTスキャンし、その神経系、内臓まで含めた全身の再現や、人口鮫肌を用いた流体抵抗の考察なども行われ、実際に研究活動がなされてきている。ただしその技術には制限がある。なぜなら3Dプリンタを用いてモデルを作成するにはその設計図に当たる3Dデータが必要だからであり、なおかつそのデータを取るための顕微鏡は非常に高額だからである。プリンタ自体が容易に且つ安く手に入っても、その設計図を入手するのが困難な現状ではバイオプリンティングは普及しないだろうと考えたガリポンさんは、顕微鏡ではなくミクロトームという昔からある手法を用いてデータを取る方法を選択した。

 

簡単にミクロトームの方法を説明すると、まずサンプルを脱水しパラフィンに固定し、ナイフで非常に薄い連続切片をとるというものであり、非常にシンプルな手法ではあるが単細胞まで見ることができる。この連続切片を統合することで3Dデータを作成することができるように思われたが、そこにはまだハードルが残されていた。それは切片の向きの問題である。3Dデータを作るには連続切片の全ての向きが揃っている必要があるが、向きを揃える技術が欠落していたのだ。そこでガリポンさんは現在コンピュータにそれを学習させ、将来的には自動で完全に向きを揃え、切片から3Dデータ、および3Dモデルを作成することを目指している。

一見するとアストロバイオロジーとなんら関わりのないようにも見えるこの3Dプリンタを用いたバイオプリンティングであるが、Richard Feynmanの“What I cannot create, I do not understand.”という有名な一節を想起して欲しい。アストロバイオロジー分野の重要な課題である生命の起源を知るには、もちろん生命とはなんなのかを知る必要があるわけだが、生命の本質は生命を作ることができる者にしか理解できないというわけである。これは、つまり逆説的にバイオプリンティングによって臓器や細胞の理解が進めば、生命の起源を明らかにする、またはそのための重要な発見を導くことにつながることが容易に想定されるということを示唆している。

 

このバイオプリンティングを代表に、アストロバイオロジーとは直接関係していないように見える分野でも何かしらの形でアストロバイオロジーに貢献することは可能である。今回の参加者がそれぞれ自分の興味のある好きな分野で研究を進めつつ、いずれまた一堂に集い各々持ち寄った専門知識、技術を用いて連携することができれば、生命の起源が解き明かされる日もそう遠くはないのかもしれない。

文・西村大樹


田上 俊輔

理化学研究所

「タンパク質と核酸の共進化の道筋を探るー鶏と卵はどちらが先か?ー」

 

理化学研究所の田上さんは合成生物学を利用してセントラルドグマの解明を目指す新進気鋭の研究者だ。

 

『現在、全ての生命が持っている共通の生命システムに、「セントラルドグマ」がある。セントラルドグマというのは、DNA(情報保存物質)→RNA(情報伝達物質)→タンパク質(機能物質)と遺伝情報が物質の構造として維持・伝達されるための生命が遥か昔から持つシステムである。

又、セントラルドグマにおいて「DNAの複製、DNAからRNAへの転写を行うのはタンパク質であるが、タンパク質はRNAをもとにRNAによって作られる」という「多分子間の相互依存」が存在する。ここで、生命の起源において、DNAやRNAといった「核酸」と「タンパク質」は果たしてどちらが先に作られたのか、という問いが生まれる。

 

この問いを解くにおいて有力な仮説が「RNAワールド仮説」である。RNAの中には、特定の構造を持ちながら触媒として生命機能を制御する「RNA酵素(リボザイム)」が存在する。つまりRNAは自身がタンパク質の設計図となりながらもタンパク質と同じように生体内で機能することを可能にする物質であることが示された。よって、自己複製が可能なRNA(リボザイム)が存在すれば生命が誕生しうるのではないか、と考えられている。現段階で確実に言えることは、「今の生命において、RNAとタンパク質は相互に依存している」ということである。少なくとも初期進化のどこかで「タンパク質によるRNA合成」、又は「RNAによるタンパク質合成」のどちらかが始まったと言えるであろう。』

 

ここで田上さんはRNAからタンパク質、初期生命におけるペプチド合成の話に移った。

初期生命において、情報伝達に遺伝暗号を介していたとは考えにくく、機能物質は単純な構造を持ったリボザイムであった、且つ翻訳産物はランダム、もしくは同一なアミノ酸配列であると考えた方がいいだろう。では、果たしてこれらはどのような機能を持っていたのだろうか?

 

田上さん曰く、「進化が始まるには、『単純だけど役に立つものが必要』」だそうだ。

いきなり自立して働くタンパク質を作るのが難しくても、RNAと協調して働くペプチドを作ることはできるかもしれない。現に世界中のRNAにとって有用なペプチド開発において、RNAを合成するRNA酵素としての「人工RNAポリメラーゼリボザイム(RPR)」の開発がされている。

現在田上さんが開発に着手しているのが、元々のRNAに対しコピー途中のRNAを完全に合成に導くRPRである。しかし現段階では、能力が低く作りかけのRNAが大量に残ってしまう上、Mg2+濃度が高くないと機能しないため、RNAが壊れてしまう。そのため、低Mg2+条件でRPRを助けてくれるペプチドの探索が求められる。

 

そこで、リボソーム表面についているペプチドが太古のペプチドの化石である可能性を示唆した先行研究を頼りにRPRにリボソーム由来のペプチドを付与したところ、K(リジン)の多い一部の配列でRNA合成能力が著しく上昇した。この結果を受けてリジンのみを重合したオリゴリジンをRPRに付与したところ、一定の濃度において大きく活性が上昇した。この理由として考えられるのは、RNA,RPRが負電荷であるためお互いが反発するのに対し、オリゴリジンは正電荷であるため両者を仲介し、結合を促すことである。又、オリゴリジンは「RNAを切るRNA」たる「RNase P」の活性も上げたことから、オリゴリジンは単純且つ、様々なRNAに有用な分子であると言える。したがって、初期生命のペプチドがもたらす機能は「RNA同士の集合を助ける」ものであると考えられる。
生命誕生時におけるペプチド・タンパク質の進化過程を実験的に再現し、核酸とタンパク質の共進化の歴史を探る研究は非常に魅力的であり、生命の起源を探る合成生物学的なアプローチはとても強力なものであると考えられる。今後の田上さんの研究に期待したい。

 


 

藤島皓介

東京工業大学地球生命研究所 兼 慶應義塾大学政策・メディア研究科

「合成から迫るアストロバイオロジー」

 

セッション2最後の登壇者は、我らがKACオーガナイザーの藤島皓介である。トークはKACの講師は代々前回の講師からの推薦により決定している、という突然の告知から始まった。この仕組みは、研究者同士の縦のつながりを用いて、KACを通じて普段関わることのない異分野の研究者同士の交流を促し、横のつながりを構築することで、「悪魔くん(注1)」のように、アストロバイオロジーという壮大な目的に向かって沢山の研究者たちと共に立ち向かっていきたい、という藤島さんの強い意志に基づくものだと知って胸が熱くなった。

そもそもアストロバイオロジーとはNASAが提唱した造語で、生命の「起源と進化」、「分布」、「未来」を研究する学問とされている。具体的には地球における生命の起源、太陽系内外における地球外生命の探査、そして人類の宇宙進出という三つのトピックからなる学問である。この内、藤島さんは原始の酵素の再構成、エンセラダスにおける生命探査、そして人類の火星移住に向けた、複数の極限環境で生きられる微生物の開発に取り組んでいる。

 

話題は藤島さんのサッカー・冨田さん・そして恩師である金井さんとの出会いに移り、藤島さんが大学院生時代に取り組んだ古細菌のtRNA研究と、藤島さんが発見したtRNAをピースを変えて再構成することで、多様なtRNAを生み出す「選択的スプライシング」という現象にも言及した。そして本学のアストロバイオロジーグループが主に取り組んでいるエンセラダス海水での有機物合成実験から、「そもそもどうして生命は有機物でできているのか?」という問いを提起した。そしてその有機物の最たる例であるタンパク質が如何にして現在の形に至ったか、つまりタンパク質の構成分子であるアミノ酸生合成において、初期のアミノ酸は何であったかを解き明かすことが現在藤島さんが力を入れているテーマである。

 

先行研究から、原始の生命は、現在のように約20種類のアミノ酸を扱っているわけではなかった事、鉄硫黄クラスターの立体配置や初期地球における元素の存在比から、アミノ酸の中でも特にシステインが生命の初期から重要だった事が示唆された。そこで、藤島さんは「システインがなくても(システインがコードされる以前のタンパク質でも)、システインを作ることは可能なのか」というクエスチョンに解を与えるべく、タンパク質工学を用いて大腸菌のシステイン合成酵素からシステインを全て取り除き、システイン/セリンアセチルトランスフェラーゼ(CysE)とO-アセチルセリンスルフヒドリラーゼ(CysM)を含む二つの酵素を介して、セリンからシステインを生成することに成功した。

 

このように、あり得た分子を作ることで生命の起源に迫るアプローチとして藤島さんが提唱した「Synthetic Astrobiology」は構成的アプローチによって既に存在し得ない生命システム、機能性分子を調べるのに非常に有効である。現に人工膜や翻訳系、RNA複製などに用いられている上、初期生命研究における最小ゲノムや人工塩基研究、さらには火星移住に向けた改変微生物”Hell Cell”の創製など、宇宙生物学における様々な合成生物学研究が行われている。今後、藤島さんを中心に「Synthetic Astrobiology」を冠した新たな研究が日本で生まれることを祈るばかりである。

 

注1)悪魔くん・・・1989年に放送された主人公が仲間を増やして巨悪に挑むという趣旨のアニメ

文・中井 瑞


 

セッション3 地球外生命はどこに?

 

小野 雅裕

NASAジェット推進研究所

「NASA地球外生命探査最前線」

 

小野さんは一昨年の第1回アストロキャンプと同様、今回もアメリカからの遠隔での発表を引き受けてくださいました。今回は太陽系の中で生命の存在可能性が期待されている火星、エウロパ、エンセラダスなどの天体の今後の探査ミッションについてお話ししてくださいました。

『まずは火星探査ミッションです。NASA JPLでは2020年に打ち上げを予定されている、マーズ2020ローバーという火星探査機が開発されています。小野さん自身もマーズ2020ローバーの開発に携わっており、ローバーの自動運転プログラムの改良とローバーの火星着陸候補地の選定の、2つの仕事をされています。マーズ2020ローバーは約40億年前の生命の痕跡が保存されていると考えられている場所でサンプルを採取するという、火星サンプルリターンの最初のステップを担う探査機として注目を集めています。』

 

『次にエウロパ探査ミッションです。現在NASA JPLにて開発が進められている探査機として、エウロパ・ランダーとエウロパ・クリッパーがあります。エウロパ・ランダーはエウロパの表面を数cm〜数10cm掘ってサンプルを採取し、搭載されている質量分析器や顕微鏡を用いることにより、生命の証拠を発見することが期待されています。エウロパ・クリッパーはエウロパの内部に存在する海の広がり度合いの調査などを目的としています。』

 

『最後にエンセラダス探査ミッションです。エンセラダスは昨年の9月にグランドフィナーレを迎えたカッシーニ探査機により、南極付近からのプリュームの吹き出しが観測され、生命の発見に多くの期待が寄せられました。今後もカッシーニより性能の良い質量分析器を搭載した探査機として提案されているELF(Enceladus Life Finder)を始めとする様々な探査機がエンセラダスの生命探査に貢献していくでしょう。』

 

この他にもタイタンや、太陽系外の天体にも生命の存在が期待されています。NASA JPLの提案する様々な探査ミッションにとてもわくわくさせられる、そんなご講演でした。

 


 

鈴木 志野

海洋研究開発機構(JAMSTEC)

「蛇紋岩化反応に支えられる微生物群 ~氷の衛星で生命は検出できるのか?~」

 

鈴木さんは7年間過ごされたアメリカのJ. Craig Venter Instituteで携わられた研究についてお話ししてくださいました。

『地球生命は、栄養を環境から取り入れ、呼吸をすることにより生存しています。しかし地球生命の中にはそれらを行うことが困難な極限環境に生息している微生物がいます。鈴木さんはカリフォルニアのザ・シダーズと呼ばれる泉でこのようなOD1と呼ばれる微生物を発見しました。』

 

『ザ・シダーズの湧出水は、ザ・シダーズを構成しているかんらん石と雨水が反応する蛇紋岩化反応の影響により、超アルカリ・超還元水になっています。また湧出水には水素、メタン、カルシウムが多く含まれている一方で、炭素、窒素、リンといった栄養や呼吸に必要な酸化的な物質はほとんど検出されませんでした。鈴木さんはこのような生命がとても生存できそうにない環境で発見されたOD1をメタゲノム解析したところ、複製、転写・翻訳、細胞壁合成の機能を持つ遺伝子しか持っていないことが判明しました。これは呼吸やATPに関する遺伝子を一切持たないという、人類の知識では説明のつかない驚くべき微生物の発見を意味していました。OD1のような極限環境微生物は、大西洋中央海嶺のロストシティにも存在していることが確認され、現在、マリアナ海溝やその他の蛇紋岩水系などでの調査を行っています。さらにこれらの微生物はエウロパやエンセラダスにも存在している可能性があります。特にエンセラダスにおいては、微生物のエネルギー源となる水素の存在や蛇紋岩化反応の発生が明らかにされており、生命の存在しうる環境であると考えられます。』

 

アメリカでの研究生活を大いに楽しまれていたことが自然と伝わってくる素敵なご講演でした。

 


 

堀 安範

自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター 兼 国立天文台

「エキゾチックな世界へようこそ~見えてきた太陽系以外の惑星の姿~」

 

系外惑星の起源と進化の理論的な研究をされている堀さんは、系外惑星探査についてお話ししてくださいました。

『系外惑星とは太陽系の外に存在する惑星を指し、現在までに数多くの惑星が発見されています。このような系外惑星は非常に明るい天体のすぐそばを通ることもあり、相対的に暗い系外惑星は観測の際に視界から消えてしまうことがあります。この問題に対処するため、系外惑星の観測及び撮像は暗い天体を検出する能力に特化したコロナグラフが用いられています。さらに補償光学という技術を用いて波面のゆがみを補正することで、より鮮明な系外惑星をレンズに収めることができます。』

 

『このようにして観測される系外惑星ですが、系外惑星にはどのようなものがあるのでしょうか。例えば太陽などの恒星を持たない系外惑星です。浮遊惑星とも呼ばれ、かつては恒星の周りを回っていたものもあると考えられています。またそれとは逆に太陽を複数持つ系外惑星も発見されています。太陽は1つしかないこと、昼と夜が交互に訪れることは私たちにとっては当たり前のことですが、系外惑星では必ずしもそれはあてはまりません。他にもかに座55番星eというダイヤモンドで構成された系外惑星も発見されており、太陽系内の天体には見られない化学組成を持つものが太陽系の外には多数存在します。』

 

系外惑星探査による新たな天体の発見は、地球外生命探査に大きく貢献しています。私たちの住む地球と同じようなサイズの太陽型の天体は太陽系の外ではよく発見されていますが、それでも地球は生命が育まれる唯一の天体なのでしょうか。今後の系外惑星探査への期待が一層高まったご講演でした。

文・原田 果穂


 

セッション4 化学反応からみた生命

 

中川 麻悠子 東京工業大学

「同位体比が語る代謝活動,ワタシは何でできている?」

 

わたしたち生命が継承してきた生命活動は、本質的には単純な化学反応の集合と考えることができる。セッションでは4、アストロバイオロジーを主に化学(ケミストリー)の視点から考えた。

東京工業大学地球生命研究所(Earth-Life Science Institute; ELSI)の中川麻悠子さんは、生体内の代謝を検出し環境中で生息している生物が何を代謝して他の生物とどう関わっているのかを明らかにするために、生元素安定同位体(C, H, N, O, S)を使って生体内・環境の物質循環を理解する研究をされている。微生物は目に見えないほど小さいのに複雑な機能を持っていてすごいと感じた中川さんは、博士課程で生物地球化学の博士号を取得後ELSIで現在の研究を始めた。

 

『生物を構成している主な元素(C, H, N, O, S)には、それぞれ天然に安定に存在している安定同位体(放射性同位体と異なり、安定で壊れない同位体元素)があり、色々な元素の安定同位体の組み合わせにより様々な重さの分子ができます。代謝とは、生きている細胞内で起こる物質の分解と生成の過程であり、同化と異化があります。それらの代謝活動により、関わっている分子の同位体比は変わります。独立栄養生物は食べたもの(無機物)のδ13Cより低いδ13Cの有機物を生成します。そして従属栄養生物は独立栄養生物に作られた有機物を食べて、ほんの少し高いδ13Cの有機物を作ることがわかっています。このような安定同位体比を変える現象を同位体効果と言い、軽い同位体は重い同位体に比べて反応が速くなることが知られていますが、実は液体や固体といった分子の状態によっても同位体比が変化します。つまり生命活動は低いδ13Cを作り出し、周囲の環境や様々な代謝が関わることでδ13Cに幅が生まれると考えられます。』

 

『太古代(40〜25億年前)の地層からは低い炭素同位体比をもつ有機物が発見され、これが最古の生命の証拠となりました。これが正しければ、今から約39.5億年前には既に生命が誕生していたことになります。地質には、生命の様々な代謝情報が含まれています。例えば脂肪酸が環境中で分解されると、単純な炭化水素として堆積物中に保存されます(バイオマーカー分子)。この炭化水素は、代謝活動が存在した当時の同位体比を保存していると考えられます。その同位体比がどの様な代謝や環境を反映しているのか理解するために、私は長野県の中房温泉のバイオマット(微生物の集合体)を対象に研究を行っています。ここでは壁から流れ出る温泉の付近に微生物が多様な形状・色のバイオマットを作って生息しています。このようなフィールドから発見された代謝物の同位体を測定し全有機物δ13Cと代謝化合物δ13Cを組み合わせることで、代謝毎の寄与解析、判別ができるようになることが期待されます。』

 

私たちの身近にも存在する温泉等にも生命の起源に関する重要な情報が存在しているということには、参加者の多くが興味を持ったことだろう。中川さんは代謝物の安定同位体比を測定することによって生命の起源を明らかにしようとしているが、そもそも代謝物とは生命が用いる様々な機能や構造を持った有機物である。地球が誕生してから6億年後には既に生命が存在したことが示唆されたが、ではそもそも生命が利用するような有機物はどこからやってきたのだろうか。地球が誕生したときには、既に存在していたのだろうか。現在分かっている有機物の起源について、次に古川さんが語って下さった。

 

私たちの身近にも存在する温泉等にも生命の起源に関する重要な情報が存在しているということには、参加者の多くが興味を持ったことだろう。中川さんは代謝物の安定同位体比を測定することによって生命の起源を明らかにしようとしているが、そもそも代謝物とは生命が用いる様々な機能や構造を持った有機物である。地球が誕生してから6億年後には既に生命が存在したことが示唆されたが、ではそもそも生命が利用するような有機物はどこからやってきたのだろうか。地球が誕生したときには、既に存在していたのだろうか。現在分かっている有機物の起源について、次に古川さんが語って下さった。

 


 

古川 善博

東北大学

「生命の起源はどこまでわかったのか?」

東北大学大学院理学研究科の古川さんは、地球宇宙科学や岩石学・鉱物学の視点から核酸塩基の新たな起源の解明に挑んでいる。核酸塩基とは核酸(DNAやRNA)を構成する塩基成分であり、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)、チミン(T)の5つが存在する。核酸は生命を形作るうえで最も重要な要素のひとつであり、これらの分子がどの時代のどのような環境で誕生したのかというのは、アストロバイオロジーにおける重要なトピックである。

 

『今から約46億年前、地球を含む太陽系が形成され、様々なプロセスを経て地球に生命が誕生しました。では生命は、いつ誕生したのでしょうか。地球における最古の生命の痕跡は、様々な論がありますが約40億年前まで遡ることができます。鉱物や堆積物中の軽い同位体比を持つ炭素であったり、微化石であったりというのが証拠になっています。約43億年前には地球に海が形成されたことがわかっているので、そこから数億年のうちに化学進化が起こり、複雑な有機物や機能を持った有機物が合成され、それが凝集することで初期の生命を形作ったと言われています。ではいったい、何ができたら生命につながるのでしょうか。そもそも生命の定義自体、現在でも非常に曖昧なものです。比較的支持されている定義では、生命とは”ダーウィン進化可能な自立した化学システム”であるとなっています。ダーウィン進化可能とは、時々エラーが起こる複製系を持つと解釈でき、地球型生命ではDNAやRNAがそれを担う物質です。自立した化学システムとは、複数の化学反応を組み合わせて活動する個体と解釈でき、タンパク質やRNA等の生体触媒が細胞膜で区切られたものが、この要件を満たします。これらから、生命を形作る分子というのは、タンパク質(とそれを構成するアミノ酸)や、DNA、RNAといった核酸分子であると考えられます。私達の研究チームでは、過去の地球(約40~43億年前)において、隕石の衝突によってアミノ酸や核酸塩基が合成されうることを明らかにしました。隕石は金属鉄を含んでおり、隕石が初期地球の海に衝突する時に、二酸化炭素を還元して有機物を作ります。アミノ酸や核酸塩基が合成される仕組みはこれだけではなく、単純な分子から生命へと至る過程というのはまだまだ未解明の分野です。アストロバイオロジーは、これから解明するべき課題がたくさんある分野であると言えます。』

私たち生命は、現在の説が正しければ約40億年の歴史を持つことになる。その歴史の中で、様々な化学的なプロセスやイベントを通して生命の進化が起こってきた。中川さんのお話にあったように、堆積物や地層に含まれる有機物は、バイオマーカーとして生命が生息した時代や当時の環境を解明する手がかりを与えてくれるだろう。また古川さんのお話にあったように、私たち生命を形作る分子がいつどのように誕生したのかを解明することは、生命の起源を明らかにすることはもちろん、それらの有機物が合成されうる地球外での生命の可能性についても言及できるかもしれない。最初にも述べたように、私たち生命が継承してきた生命活動は、本質的には単純な化学反応の集合と考えることができる。化学の視点で地球や生命の歴史を紐解くことは、生命の本質を捉え、私たち生命はどこからやってきたのかという究極の謎に迫ることに繋がるのである。

文・高萩 航

 

iab


慶應義塾大学先端生命科学研究所(リンク:http://www.iab.keio.ac.jp/)は、2001年4月に慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパス(TTCK)内に設置された本格的なバイオの研究所で、ITを駆使した「統合システムバイオロジ―」という新しい生命科学のパラダイムの確立を目指し研究を行っています。