Keio Spring Science Camp 2016 〜二日目レポート〜

KEIO SPRING SCIENCE CAMP 2016
《アストロバイオロジーの最先端セミナー》 PT.2

 

鶴岡の朝は東京のよりも鋭い冷たさを帯びている。昨日の出来事は夢だったのかもしれない、とどこか遠い昔の出来事ように寝ぼけた頭には感じられたが、部屋を出てホテルの食堂へ朝食を取りに行くと、記憶の曖昧さは払拭された。昨夜話して仲良くなった参加者の一人と挨拶を交わし、知的好奇心が満たされた興奮の残滓が見て取れる彼の表情に、二日目への期待と本イベントの確かな手応えを感じた。今日はいったいどのような発見があるのだろうか。身支度を整えて乗り込んだバスの雰囲気は、最終学年の修学旅行のような打ち解けたもので、移動の時間も心地よいものとなってきた。

 

2日目のトップバッターはNASAで研究をされている小野さん・Lynnさんのお二人だ。宇宙開発をリードし続けてきたNASAではいったいどのような研究やプロジェクトが進行しているのか。宇宙における生物をどのように捉えているのかをお話いただいた。

 

セッション4 NASAのアストロバイオロジー研究

小野雅裕 NASAジェット推進研究所(NASA JPL) Research Technologist

Lynn Rothschild NASAエイムズ研究所(NASA Ames) Senior Scientist

 

小野雅裕 NASAジェット推進研究所(NASA JPL) Research Technologist

 

アメリカ西海岸から遠隔で講演をしてくださるということで、電話会議の準備を係りの学生が進めていた。スクリーンにバッと映し出された映像には、想像していた研究者の姿はなく、ダークサイドを代表する有名な方のお顔が映し出された。ダースベイダーである。小野さんがダースベイダーのお面をしてNASAでのプレゼンをされたことを知っていた私は、遠隔講演でもひとネタ準備してくれているその心意気に感動してしまった。泣く子も黙る悪の権化ダースベイダーであるが、そのお面では生まれたばかりの小野さんの娘さんに効果は薄く、時々後ろから泣き声が聞こえつつの微笑ましいスタート切った。

 

NASAの関心は現在火星に向いています。Mars 2020という計画の中で4つの目標が掲げられています。Assess habitability, Search for biosignatures, Catch samples, Prepare for human exploration,の4つです。この4つの目的を達成するためにはどこを探したらいいのかも大きな問題となります。ここで大事になってくるのがコンタミネーション(汚染)という概念です。探査機になど付着した地球由来の微生物が火星の環境を変えてしまうことを防がなければなりません。コンタミを防ぐために、本来であれば火星の中でも液体の水が存在するのではないかと言われている地域をあえて避け、かつて海であったところを狙って探査を行います。広大な宇宙に漕ぎ出す際には細心の注意が必要になるのです。

 

実際に探査機を送り込めない遠くの星に対しては、惑星の姿を直接撮像することを目指す計画も存在しています。Starshadeというひまわり型のシールドで回折光をキャンセルすることでより多くの情報を得られるように工夫しています。

 

エンジニアリングの視点から宇宙探査について、宇宙における生命探査について語ってくれた。宇宙生物学に関する探査を行う際には、アストロバイオロジストだけでなく、探査機を設計・作成し軌道計算などを行うエンジニア、探査計画を立案・実行するマネージャーなど多くの人の力が必要不可欠である。自分の研究分野を軸に持ちつつも、他の分野に対する興味を抱くことが重要になってくるだろう。

 

アストロバイオロジーとは異なる分野で活躍されている小野さんも今後数十年の間に地球以外の生命が見つかる可能性に期待しているそうだ。

もし興味があれば、小野さんが中心となっている惑星ヒッチハイクプロジェクトについても調べてみるとアストロバイオロジーとは異なった宇宙の魅力に触れられるかもしれない。

 

Lynn Rothschild NASAエイムズ研究所(NASA Ames) Senior Scientist

 

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Lynnさんもアメリカからの遠隔講義ということで、プロジェクターの画面に皆が注目していた。パッと画面に現れたのは、ロッキングチェアに腰掛け暖炉のあかりで編み物をしている姿が似合いそうなご婦人だった。穏やかな口調の中にも強烈な情熱を感じさせるLynnさんは、自身が研究しているSynthetic Biologyのアストロバイオロジーへの応用を中心に講演をしてくださった。

 

Synthetic Biologyとは、自然界には見られない新たな生物的な機能やシステムのデザインや構築を行う学問であり、日本語に直せば合成生物学です。遺伝情報の解析技術およびゲノム編集の技術が向上したことにより近年発展を遂げている生物学の分野である。iGEM(International Genetically Engineered Machines)という組織が立ち上げられ、合成生物学の研究を進めていこうという動きが世界的に広がっています。

 

こうした合成生物学とアストロバイオロジーをつなぐ鍵となるのが、”Extromophilies”(Extro=極限、philies=好む者)、日本語に直すと「極限環境微生物」です。極限環境微生物はその名の通り、生物にとって生存可能な極限環境、例えば100℃を超える高温や氷点下付近の極低温、pHが著しく低い酸性環境あるいはpHが著しく高いアルカリ性環境、極度の乾燥環境、で生きている微生物を指します。近年まで生物が生存することは困難だと考えられていた環境で生きている彼らこそ、現在は生物が存在することは困難であると考えられている宇宙空間に生物がいるのではないかと類推することを可能にするのです。従来の生物よりも生存可能圏の広い極限環境微生物を基準として考えることで、宇宙における生命探査をどの星で行うべきかを考えることができます。また彼らが持つ極限環境に対する耐性を既存の生物に移植することで宇宙空間でも生存できる生物を作り出すことも可能です。実際に、”Hell Cell”という乾燥・放射線・pH・温度などの各種条件において非常に厳しい環境を耐え抜くことができる生物を作り出そうという取り組みもなされています。

 

また、合成生物学はこの宇宙に生物が存在する可能性を示唆するだけでなく、人類が宇宙へ進出する際の助けになる可能性もあります。私たち人類は生きていくためにエネルギーや体を作る材料となるものを摂取しなければなりません。地球においては、他の動物や植物などを食べることで賄っていますが、人類が宇宙へ飛び立つ際にこれらの動植物を全て連れて行くわけにはいきません。そこで合成生物学の出番です。食物連鎖の基盤となっている微生物に改変を加えることによって、人間がエネルギーや材料を取り出すことのできる工場として微生物を用いるのです。

合成生物学は宇宙における生命の存在可能性を広げ、人類の宇宙進出の手助けとなる可能性を秘めた学問です。アストロバイオロジーを志す皆さんにとって興味深いアプローチの一つとして心に留めておいてもらえると嬉しいです。

 

日本を超えて世界を見据える面白さに多くの参加者は気付いたことだろう。知的好奇心は地球規模で展開しているのだ。

次の講演者はNASAでの研究経験をお持ちの、皆さんご存知クマムシ博士だ。頭に乗せているクマムシの帽子がさかなくんと被るのではないかという心配をものともせず、クマムシに対する溢れる愛を語ってくださった。

 

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セッション5 クマムシ研究最前線

堀川大樹 慶應義塾大学先端生命科学研究所/慶應義塾大学政策・メディア研究科 特任講師

 

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クマムシって皆さんご存知ですか?かわいいんですけどすごいんですよね、クマムシって。まずはクマムシの紹介からしていきましょう。

クマムシは緩歩動物門に属しており、その最大の特徴は「クリプトバイオシス」によって過酷な環境にも耐えられる極限環境耐性を有していることです。クリプトバイオシスとは、乾燥や高塩分濃度、低音や酸素不足などのストレスに対してすぐに反応し、代謝がみられない乾眠や凍眠などの状態のことを指し、クマムシはこの状態から元の状態へと復活することができます。クマムシは高等生物であり、複雑なシステムを有しているにも関わらず、極限環境下でそのシステムを保存することができるのは本当にすごいことです。見た目が可愛いだけではなく、こんなにかっこいい能力を持っているにも関わらず、僕が研究を始めた当初はあまり研究されていませんでした。そこで自分でやってみようと思いたちクマムシ博士への第一歩を踏み出しました。

クマムシは身近なところに結構いるもので、アパートの塀のカラカラの苔の中にもいたりします。ところがどこにでもいるにも関わらずその飼育はとてつもなく難しい。最初に研究しようとしていたオニクマムシは、まわりのゴミを取ってあげたりしないといけなかったのでまるでクマムシの介護をしているような気分でしたね(笑)。それで今度は簡単に飼えるものを探そうということでヨコヅナクマムシに行き着きました。藻類で育ち1個体だけでも培養できるヨコヅナクマムシは研究対象としてとても優れています。

 

クマムシとアストロバイオロジーが繋がったのは極限環境への曝露実験を通してでした。曝露後のヨコヅナクマムシはなんと子孫を残し、これは宇宙空間でもいけるんじゃないかと思うようになりました。従来は宇宙における生命探査は、habitable zoneつまり活動可能圏を探していましたが、クマムシの乾眠という特性を考えると、existable zoneつまり存在可能圏という考え方も必要になってくるのではないかと思います。特に液体の水の存在は生命にとって必須だと考えられていて、液体の水の存在する星を探査の有力候補として挙げることが多いですが、41日間の液体の水の存在しない火星シミュレーションにも耐えたクマムシを見ると耐乾燥の能力も宇宙における生命にとっては重要な特徴だと言え、液体の水の存在しない環境にも生命は存在しているかもしれません。乾眠状態だと紫外線を照射されてもDNAに傷がつきにくいことも分かっており、クマムシを研究することで宇宙における生命を考える上で鍵となる性質にたどり着くことができるかもしれません。

 

これは余談ですが、そんなクマムシは食べると池の味がするそうです。僕はクマムシへの愛ゆえに食べることができなかったのですが、スプーン一杯の8万引きのクマムシを食べた研究者の方が言っていました。若い皆さんには、あほみたいに思えることでも面白いことにどんどん挑戦していってほしいと思います。

 

NASAのお二人から始まった2日目は、遥か彼方の宇宙からアパートの塀に佇むクマムシまで身近なところへと迫ってきた。続く福田さんは私たち自身について、私たちのお腹の中の小宇宙について語ってくださった。シルバーの眼鏡をかけたいかにもやり手の若手起業家といった雰囲気を纏いながらIAB発のバイオベンチャーMetagenの活動とはいかなるものか。

 

 

IAB発バイオベンチャー紹介 

株式会社メタジェン 代表取締役社長CEO 福田真嗣

 

腸内細菌という言葉に触れる機会が最近増えてきましたね。ヒトの細胞は全部で37兆個ほどあるわけですが、腸内細菌は何と100兆個ほどあると言われています。この腸内細菌の集団(これを腸内フローラと呼びます)のバランスは一人一人異なっていて、腸内フローラのバランスの乱れが腸管関連疾患や代謝疾患を始めとする多くの疾病に関与していると言われています。メタジェンでは、こうした腸内環境に関する情報がつまった便を解析することで、人々の健康維持に役立てようと考えています。健康に関する貴重な情報を教えてくれる便を私たちは”茶色い宝石”と呼んでいます。

 

茶色い宝石は一体どのような形で宇宙につながるのかちょっと考えてみたんです。お腹の中の小宇宙とは言ってみたものの何かこじつけ感がありますよね。そこでこういうのはどうでしょうか。

便に着目した治療法に、便細菌叢移植(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)、通称 便移植といったものがあります。これは健康な人の便に含まれている腸内細菌を病気を抱える患者さんの腸内に移植することで腸内環境の改善を図り病気を治そうという治療法です。臨床試験としてFMTによる治療効果が検討されている疾患としては、過敏性腸症候群などの腸に関する病気だけでなく、糖尿病や非アルコール性脂肪肝疾患、多発性硬化症などの病気も含まれています。FMTでは便が薬になるのですが、FMTによる治療効果をもっと簡単に得ることはできないかと考えた結果、たどり着いたのが便中の腸内細菌を分離して培養し、それをカプセルに入れて薬として使用する”腸内細菌カクテル”です。腸内細菌カクテルを摂取することで腸内環境を改善できれば、健康を取り戻すことができるはずです。

腸内細菌カクテルを活用した未来図の一つとして、テラフォーミング用腸内細菌カクテルといったものが考えられます。ゼロG環境下では免疫力が低下することが分かっていて、低下してしまった免疫力を活性化したり、窒素を固定する細菌を含んだ腸内細菌カクテルを摂取したりすることで、人類の宇宙進出をサポートすることができるかもしれません。

 

テラフォーミング用腸内細菌カクテルはあくまで便のもたらす可能性の一つに過ぎません。その人の健康や疾病に関する情報を教えてくれる茶色い宝石を最先端テクノロジーで解析し、病気ゼロ社会の実現を目指す新規ヘルスケア産業の創出を目指しています。

 

普段あまり気にかけることのなかった便のもたらす恩恵の大きさに驚くとともに、宇宙へ進出する際のヒントはあらゆるところに存在するのだと気付かされた。日常の一コマに隠れた進歩のきっかけを見逃さないように、日々の自分の行動に自覚的になりたいと感じた講演であった。

 

さて、腸内細菌が人間の代謝に対して大きな影響を与えていることが福田さんの講演で分かった。エネルギーや自分の体の材料となる物質を外界から摂取し、それらを別の形に変えていく代謝のプロセスはすべての生物にとって生存の要でもある。それではこの地球に生まれた原始生命は果たしてどのような代謝を行っていたのか。物質と生命の間で果たして何が起こっていたのかを解き明かそうとしているのが亀谷さんだ。

 

セッション6 原始代謝と生命の起源

亀谷将史 東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員

 

代謝とは物質の変化・流れと言うことができるでしょう。私は生命誕生前後の物質の流れがどうなっていたのか、生命が誕生しえたのはなぜなのか、原始生命とはどのようなものだったのかについて研究しています。

 

生命の起源を考えるにあたって避けられないのが、「有機物と生命起源のパラドックス」です。私たち生物の体は種々の有機物で出来ています。また私たちは生きるために種々の有機物を合成し、それらの反応を利用しています。この有機物は発見された当初、有機体つまり生物によってしか合成されないと考えられていました。ここにある種のパラドックスが生まれます。生物が誕生し生存しなければ有機物が合成されない、有機物が合成されなければ生物は誕生しえないといった現在生物が存在することに対する矛盾が生じるわけです。この矛盾を解決する先駆けになったのが、かのユーリー・ミラーの実験です。この実験ではアミノ酸などの有機物がメタンやアンモニアや水素などの無機物を反応させることで合成できることを示しました。無機物から有機物が合成できることが分かったのです。近年では、原始地球の大気中に含まれていたと推測されるシアン化水素と光還元触媒金属(Cu:銅)による核酸塩基・アミノ酸の生成も示されており、生物が存在しなくても生物にとって必須の有機物質が誕生することが分かってきています。様々な非生物的反応により有機物が供給される可能性が示されてきていますが、実際にどの反応システムが生命の素となった有機物を供給したのかについては未だ決定的な説は見出されていません。現在、仮説が成り立つような地球環境は存在したか、各反応段階は共存できるか、現存している生命との間に連続性はあるかなどを評価軸として設定して、有機物の供給について議論が進められています。

 

さて、有機物にまつわる謎に関して原始的な生命の代謝の観点からも考えてみましょう。生成された有機物を利用して原始生命はどのように代謝を行っていたのか、また有機物をどのように合成していたのかを理解するために、実験的に検証可能な原始的生命システムを再現することはできないかという発想で幾つかのアプローチが取られています。そのうちの1つである原始タンパク質・原始代謝の再現について説明します。この再現を通じて有機物がどのように原始生命において合成されていたのかを理解することができます。

現在の生命の好気的代謝において重要な役割を果たしているものにTCA回路という反応経路があります。有機物を分解してエネルギーや体の材料を作っている回路です。実はこのTCA回路に還元力を加えて回路を逆回転させると、有機物を二酸化炭素から合成することが可能なのです。つまりTCA回路を逆転させた還元的=Reductive TCA回路は、有機物にまつわる謎を解く仮説の一つであり、現存生物との連続性を保っているという点で有力候補の一角と言えます。この説が正しいかどうか調べるため、化石から古代生物を復元するように、現存生命から原始タンパク質・原始代謝を復元する試みがなされています。現存する生命システムよりシンプルな構成を持った原始的RTCA回路が原始生命において重要な役割を果たしていた可能性があるのです。

この還元的TCA回路の起源の仮説として、海底熱水噴出孔付近で誕生したのではないかと考えることができます。熱水噴出孔のチムニー付近の条件が電気化学的反応に好都合であるからです。噴出孔付近は還元的な条件が整っていることもあり、還元的TCA回路の起源として、ひいては生命の起源として海底熱水噴出孔は有力であると言えるでしょう。

 

アストロバイオロジーは既存の学問領域の広範囲にまたがっている。その中でも亀谷さんの研究はタンパク質の進化工学的な観点と電気化学的な領域の知見を活かしたアプローチをとっており、アストロバイオロジーの裾野の広さを実感することができた。果たして自分はどの分野から攻めるのがいいのだろうか。目指す先へと向かう道は決して1つではないのだ。

 

グループワーク

 

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2日目は初日に引き続き各分野の最先端を行く研究者の方々の講演を聞いてきたわけだが、本合宿においては参加学生のアウトプットにも力点を置いている。講演を聞いて思いついたアイデアを自分一人の頭の中に閉じ込めてしまうのではなく、 参加している他の参加者や講演者の方々へと発信し、議論することで、自分一人では気付くことができなかった新たな発見をし、アイデアをブラッシュアップしていくことができると考えている。

 

参加者たちは、太陽系の惑星の名を冠したMercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Neptuneの7チームに配属され、チームごとにアストロバイオロジーに関連する新しい研究のアイデアに関してブレインストーミングを行った。講演者の方々が各チームの輪の中に入り、順々にアドバイスをしてくださった。それぞれの専門分野に基づくフィードバックは参加者たちに足りない知識や経験を補う貴重な情報であった。まだまだ始まったばかりのグループワークは明日の最終発表までにどのような形になるのだろうか。今から非常に楽しみである。

 

最後のセッションはLynnさんも研究されているSynthetic Biology(合成生物学)をアストロバイオロジーに生かした研究分野の中でも、水内さんは「進化」に焦点を当てて講演をしてくださった。単純な生命が誕生した後に、一体何が起こったのでしょうか。

 

セッション7 シンセティック・アストロバイオロジー

水内良 大阪大学大学院情報科学研究科博士課程

高萩航 慶應義塾大学環境情報学部4年

 

水内良 大阪大学大学院情報科学研究科博士課程

 

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Synthetic Astrobiologyはその名の通り生命を創ることを一つの目標としています。なぜ既に地球上に存在する生命をもう一度創ろうとするのか。それは、今は失われてしまった原始生命の記録へと遡り、生命の根本原理を理解し、またそれを応用・拡張してくためです。これまでの講演者の方がお話しくださった通り、生命の起源に関しては未だ謎が多く残っており、多くの研究者が様々な手法を用いて解明しようと研究に取り組んでいます。こうした現存する生命へと至る道筋を明らかにする取り組みの中で、私は生命システムを形作る「進化」という性質に着目しています。原始生命が誕生し、自己複製を開始したとしても、そこから現在のように多種多様な生物種になるためには、進化が起こらなければなりません。いかにして生命が進化というシステムを確立してきたのか、進化する生命システムを創る観点からお話したいと思います。

 

まず、進化を再現するにあたり、進化の要因について考えます。進化には、自己複製する中で、突然変異などにより遺伝する多様性が出現し、自然選択 (生存競争) が起こる必要があります。そして、こうした進化を受け継いでいくためには「個」が必要となります。例えば、ある時生存に必要な物質を生産する能力が高い仕組みを持つものが現れたとします。この性質を一時の偶然ではなく、進化と捉えるためには、その仕組みが子孫に受け継がれる必要があります。つまり、高機能な「個」と低機能な「個」が存在する状況が必要です。そしてこの「個」を確立させる一つの方法が「区画」です。生命の起源において、自己と外環境を隔てる「膜」が存在することが生命か否かの判断に関わってきますが、生命の進化においても「区画」が存在することが非常に重要になってきます。そして実際に、遺伝情報と区画と組み合わせ、様々な環境で自己複製させて進化を観察する実験が行われています。その結果、複雑な機能をもたない単純な人工システムであっても、環境に応じて異なる方法でより子孫を残しやすく進化する様子や、異なる遺伝情報をもつように分化していく様子が見られています。このような進化はある生物種が異なる種へ分化していく第一歩といえるでしょう。

 

進化に関する研究は進んできていますが、未だOpen Endedな進化、つまり現存生命を育むのに十分な広がりのある進化は再現されていません。例えば、複雑化する気配は未だないのです。今後の課題としては、複雑性がいかに進化するのか、すなわち遺伝情報がどのようにして増えるのか、またそれがどのようにして固定されるのかを探りながら、生物の進化を再現していきたいと考えています。

 

最後に皆さんに三つ伝えます。「心からやりたいことをやれ。そのために心からやりたいことを探せ。」学問であれなんであれ、自分の心の赴くままに、自分の心の声にまっすぐでいてほしいと思います。「先入観を排除せよ。」NASAで研究なんて無理やろ、それはただの先入観。「小さい一歩が小さい一歩のままだとは限らない。」小さな連鎖は時に奇跡を起こす。小さい一歩を大切にし、小さい一歩をたくさん踏んでほしい。

 

将来的に生命の起源に関する仮説が強固になろうとも、分子の進化の道筋に関する謎は引き続き残っていく。起源と進化、2つの疑問が混ざり合うことで、現存している生命の神秘は生み出されているのかもしれない。そのヴェールの本質を頭で理解するその日まで、研究者たちの楽しみは尽きないのだろう。

 

最後の講演者は慶應義塾大学学部4年生の高萩航さんだ。学部生でありながらJAMSTEC(海洋研究開発機構)にて研究生として土星の衛星エンセラダスに関連した研究を行う高萩さんのエキサイティングなお話は参加者の最も身近な手本となることだろう。

 

高萩航 慶應義塾大学環境情報学部4年

 

錚々たる講演者の方々の後で大変恐縮ですが、発表を始めさせていただきます。

私はこれまでの講演の中でも何度か登場したエンセラダスという星について研究を行なっています。エンセラダスは土星の第2衛星で、直径が約500kmの比較的小さな星です。表面が最大で40km程度の厚さの氷で覆われていて、その下に深さ10km程度の液体の海が全球的に広がっていることが分かっています。この星がアストロバイオロジー研究において注目されている理由は高井研さんのお話にあった生命に必須の3要素が揃っていると考えられているからです。実はエンセラダスの南半球の氷には割れ目があり、そこから内部海の海水が噴き出しています。これをプリュームと呼びますが、このプリュームに分析器を搭載したNASAの探査機カッシーニが突入し、含まれている成分に関する情報を得て、その情報をもとに内部環境の推定がなされています。エンセラダスには現在、水が存在し、生命の材料となりうる物質が存在し、化学反応に必要なエネルギーを供給する熱水環境が存在していることが分かっています。また、岩石質のコアは化学反応の触媒として働いていると考えられます。したがってエンセラダスにおいて生命が誕生している可能性、あるいは生命システムにつながるような化学進化が生じている可能性があり、さらなる調査をする必要性とモチベーションが存在しているのです。

 

エンセラダス内部に生命が存在する可能性を示すにあたり、私はエンセラダスの海水と岩石の反応過程においてペプチドが非生物的に合成されるのかを検証する実験を行なっています。無機物質から始まって生命が誕生するまでの物質の進化を化学進化と言いますが、その中でもアミノ酸からペプチドが合成される段階について研究を行っています。アミノ酸は隕石などからも発見されているように、宇宙において非生物的に合成されうることは分かっていますが、生物がもつ複雑な機構を構成しているタンパク質が合成されるためには、その前段階であるペプチドの合成がいかにして行われるのかを理解することが非常に重要です。エンセラダス環境においてアミノ酸のような単純な有機物からペプチドのような高分子が合成されることを示すことができれば、生命へと至る道筋が開けることと思います。

 

最後になりますが、一つお伝えしておきます。私はこの研究をしていて非常に楽しいんですね。やっぱり人間楽しいことをした方がいいと思うんです。ですから、自分が面白いと思うことを、やりたいと思うことをやりましょう。もしアストロバイオロジーに興味があればいつでもお待ちしています。

 

こうして2日目の全日程が修了した。夜は学生と講演者を交えた夕食会が催され、初日とうってかわり、積極的に講演者の先生に話しかける学生が多く見られたのは嬉しい収穫である。どんなことに取り組むにしても、自分の内的な動機を大切にしてあげられるのは自分だけだ。どうか心の声に耳を傾け、知的好奇心の赴くままに日々を過ごしていってもらえればと思う。

 

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ラボツアーに参加し熱心に説明に耳を傾ける参加者たち

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