Keio Spring Science Camp 2016 〜初日レポート〜

[イベントレポート]

Keio Spring Science Camp 2016 ~アストロバイオロジー(宇宙生物学)の最先端セミナー~

 

2016年3月24日から26日の3日間をかけて、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所(Institute for Advanced Biosciences)にて、高校生・大学生・大学院生を対象とした「Keio Spring Science Camp 2016 ~アストロバイオロジー(宇宙生物学)の最先端セミナー」(以下KSSC)が行われた。

 

書類選考を経て48名の学生たちが日本全国から鶴岡に集い、世界各地で最先端の学問分野をを切り拓く12名の研究者の特別セミナーを通して、宇宙生物学の広大かつ深奥な研究領域の魅力に迫った。

 

本イベントレポートでは、時系列に沿って、熱気溢れたKSSCの様子を3つのパートに分けて報告していく。各講師の方々の講演や参加者同士の交流の様子を以下の順序で紹介していこう。

 

KSSCスケジュール

 

パート1

 

プロローグ

 

3月24日(木)

開講式&先端生命科学研究所紹介

冨田勝 慶應義塾大学先端生命科学研究所所長

セッション1 アストロバイオロジー入門

藤島皓介 東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員/慶應義塾大学政策・メディア研究科特任講師

セッション2 地球外生命探査

矢野創 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)学際科学研究系助教

日下部展彦 自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター特任専門員

セッション3 生命の起源と深海と氷

高井研 海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋・極限環境生物圏研究分野分野長

高野淑識 海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員

研究者とのフリーディスカッション

ディナー @レストラン百けん濠

参加者交流会 @慶應義塾大学先端生命科学研究所センター棟

 

パート2

3月25日(金)

セッション4 NASAのアストロバイオロジー研究

小野雅裕 NASAジェット推進研究所(NASA JPL) Research Technologist

Lynn Rothschild NASAエイムズ研究所(NASA Ames) Senior Scientist

セッション5 クマムシ研究最前線

堀川大樹 慶應義塾大学先端生命科学研究所/慶應義塾大学政策・メディア研究科 特任講師

IAB発バイオベンチャー紹介1 Metagen

福田

グループワーク

IAB発バイオベンチャー紹介2 Spiber

菅原

セッション6 原子代謝と生命の起源

亀谷将史 東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員

セッション7 シンセティック・アストロバイオロジー

水内良 大阪大学大学院情報科学研究科博士課程

ラボツアー

ディナー @農家レストラン菜あ

グループワーク @慶應義塾大学先端生命科学研究所センター棟

 

パート3

3月26日(土)

グループ別課題発表会

閉講式

 

エピローグ

 

 

 

パート1

3月24日(木)

 

プロローグ

 

長く厳しい冬を終え、雪が消え柔らかな日の差す庄内地方の鶴岡の地に48名の学生参加者が降り立った。下は高校1年生から上は博士課程まで、全国各地から知的興奮に満ちた子たちが続々と集まりはじめている。案内されるままにバスへと乗り込むと、先に乗り込んだ参加者たちが一斉にこちらを見つめる。これからの3日間に一体どんなことが待ち受けているのか、期待と不安の入り混じった表情から心地よい緊張感が見て取れる。それぞれの好奇心とそれぞれの夢を乗せてバスは目的地へと走り出す。

 

長閑な街並みに突如として現れる灰色の建物。これが今回の会場となる慶應義塾大学先端生命科学研究所ラボ棟だ。大規模なメタボローム解析装置や各種最新機器を備えた最新鋭の研究所に足を踏み入れると、まず目に入ったのは艶やかな輝きを放つ青色のドレスだった。慶應義塾大学先端生命科学研究所の隣に工場を構える株式会社Spiberの蜘蛛糸ドレスだ。

受付でスケジュールと参加者全員の自己紹介の書かれたファイルを受け取って席へ向かう。前から次第に席は埋まり、全員が着席したところで冨田所長が登壇した。

 

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開講式&先端生命科学研究所紹介

冨田勝 慶應義塾大学先端生命科学研究所所長

 

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KSSCの開催地となった先端生命科学研究所(IAB)では、ITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学の研究が行われている。統合システムバイオロジーとは、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピューターで解析・シミュレーションすることで医療や食品発酵などの分野に応用していく学問分野だ。慶應義塾大学先端生命科学研究所に関する簡単な説明の後、KSSCへの思い入れを冨田さんは語った。

 

(講演部分はそれとわかるデザインを)

 

[生命科学の新たな分野を切り拓いてきたIABは、また一つ新たな一歩を踏み出しました。それが今回のKSSCのテーマである「宇宙生物学」です。]

 

「山形に研究所なんて作ったって上手くいかないよ」という声にも決して屈せず、一から鶴岡キャンパスを作り上げ、世界中から注目される研究所まで育て上げた冨田さんは開講宣言とともに参加者たちにメッセージを送った。

 

[「ここがスタートです。アストロバイオロジーという新たな分野を盛り上げていくのはあなたたちです。サイエンスのもたらす喜びを是非感じていってください。」]

 

KSSCはこうして幕を開けた。自分たちの今いる場所が冨田さんの熱意の結晶であると知った後では、灰色の大きな建物に少しだけ愛着を感じる参加者もいただろう。

 

冨田所長の開講宣言に続いて登壇したのは、慶應義塾大学先端生命科学研出身の藤島さんだ。鶴岡の温泉に浸かりながら、掬い上げたお湯の中に生きる微生物について考えるうちに生命の系統樹に思いを馳せ、生命誕生の神秘に惹かれたという。

本キャンプのメインテーマであるアストロバイオロジーとは一体どのような学問なのか。

NASA(アメリカ航空宇宙局)エイムズ研究所での研究経験もある藤島さんがその全体像についてレクチャーする。

 

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セッション1 アストロバイオロジー入門

藤島皓介 東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員/慶應義塾大学政策・メディア研究科特任講師

 

「Astrobiology」という言葉は、NASAが提唱した造語で、地球における生命の起源の研究・太陽系内、太陽系外における地球外生命の探査・人類の宇宙進出などに関する研究を行っています。アストロバイオロジーの広範な研究範囲の中で中心的な3つの問いに沿って、現在どのような研究が行われているのか、何が分かっていないのかについて説明します。

 

一つ目の問いは「生命の起源」に関する問いです。

いつ・どこで・どのようにして生命が誕生したのか、21世紀の今日に至るまで科学者たちを引きつけてやまないこの問いの答えに少しずつ近づきつつあります。様々な発見の中でも、地球の外と中での発見は大きな衝撃をもたらしました。

地球の外での発見は、生命の素となる有機物は宇宙でできることが分かったことです。生物を構成するアミノ酸が生成される条件を満たしている環境はこの宇宙のあらゆる場所に存在しているのです。

地球の中での発見は、生物が生きられないと考えられていた非常に厳しい環境の中で活動する生物が見つかったことです。これらの生物は、120度の熱水環境や南極の低温環境、酸性やアルカリ性の環境下に生息しています。こうした極限環境に暮らす生物の発見により、生命が誕生しうる環境がこれまで想定されていたよりもより広範なものである可能性が示唆されています。

生命の起源へ迫りうる発見はされていますが、依然として化学物質が生命へと昇華する瞬間を人類は理解できていません。

 

二つ目の問いは「わたしたちは一人なのか」という問いです。

この広い宇宙において現在確認されているのは地球の生命だけです。地球以外の生命を探すとなると太陽系から遥か彼方の惑星を想像する人も多いと思いますが、実は太陽系内の星にも生命が存在するのではないかという期待が現在高まっています。木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスの表層を覆う氷の下に広がる内部海には数種類のアミノ酸が存在することが確認されています。生命の材料となるアミノ酸が存在するならば、微生物のような単純な地球外生命が存在する可能性があるのではないかとも言われています。地球の生命の共通点であるセントラルドグマとは異なるシステムを持つかもしれない地球外生物との比較を通して、生命の本質とは何かを問うことも非常に重要であると考えられています。

 

三つ目の問いは「わたしたちはどこへ向かうのか」という問いです。

人類が地球を飛び出して他の星で活動する未来がSFの中だけでなく現実の世界で実現すようとしています。NASAも火星探査を計画していますし、アメリカの企業家イーロンマスクは火星移住を目指すと公言しています。火星など地球以外の惑星で生活する際に大いに役立つ生物も研究されていて、例えば紫外線耐性菌は、生物にとって有害な紫外線に対して強い耐性を持つ菌で、その特性を活用できれば宇宙空間での活動がよりしやすいものとなるでしょう。このような有用微生物を活用して人類の宇宙での活動をサポートするのもアストロバイオロジーの重要な役割の一つです。

 

アストロバイオロジーの全体像についてお話しされた後で藤島さんは参加者に向けてメッセージを送った。

「この合宿での出会いが皆さんの人生のターニングポイントとなるように!」

 

藤島さんご自身もアストロバイオロジーを研究していく中で、NASA長官と話す機会を得たり、漫画「テラフォーマーズ」の作者の貴家さんと対談を行ったり、今年映画化された「Martian(邦題は「オデッセイ」)」の原作者と議論したりなど貴重な体験をされたそうだ。

 

アストロバイオロジーに興味を持った人は、「熱意ある若者は無視できない」と語っていた藤島さんに連絡を取れば、夢への第一歩を踏み出せるかもしれない。

 

KSSCのテーマであるアストロバイオロジーという学問について全体像をつかんだ参加者たちはそれぞれに興味深い問いを抱えたことだろう。次のセッションでは地球外探査の専門家である矢野さんと日下部さんのお二人が新たな切り口から地球外生命について考えるきっかけを参加者たちに与えた。

 

セッション2 地球外生命探査

矢野創 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)学際科学研究系助教

日下部展彦 自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター特任専門員

 

矢野創 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)学際科学研究系助教

 

宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)にて、日本のそして世界の宇宙開発をリードする矢野さんが、アストロバイオロジーという学問は宇宙開発の中でどのような位置付けにあるのか、今後の探査機は何を目指していくのかを軸にお話ししてくださった。

 

アストロバイオロジーが取り組まねばならない課題は数多くあります。宇宙の起源、惑星系形成、有機物合成、生命生存可能性、生命前駆体(太陽系内有機物)、地球形成、地球史、化学進化・生命の起源、パンスベルミア(生命天体間伝播)・微生物生態系、地球外生命探査、生命の進化などが挙げられます。物理学や化学など生物学以外のアプローチも必要となってくるものも数多あります。アストロバイオロジーは多様な学問領域にまたがって存在する学際的な分野ということが出来るでしょう。

 

アストロバイオロジーを発展させた発見は数多くありますが、その中でも大きな影響をもたらしたのは”チリ”に関するものでしょう。生命の原材料となる有機物を含む宇宙塵が、南極に落下した隕石や宇宙空間でキャッチしたサンプルに含まれていることが分かり、生命の源は宇宙からやってきたのでないかという説も誕生しました。海水やアミノ酸の元となる物質は今日も100トンほど地球に降り注いでおり、かつてはもっと多くの物質が地球に降り注いでいたと考えられています。地球に降り注ぐ物質の供給源となる小惑星や彗星は、地球の生命の原材料となった可能性のある物質として注目されています。

 

また、宇宙塵は星の原材料であるとも考えられています。寿命を迎え超新星爆発によって広範囲に散らばった星のかけらが、長い時間をかけて再び星となる「星の輪廻転生」を理解するためにも宇宙塵は大きな役割を果たします。太陽系の成り立ちを理解することは生命の起源を理解する上でも非常に重要です。有機物がどのようにできたのかもさることながら、生命の存在できる範囲、ハビダブルゾーンがどのような変遷を経てきたか理解するにも役立つでしょう。

 

太陽系と地球、そして地球生命を理解するために、今後の探査機は小惑星などのサンプルリターンを目指していきます。地球近傍で採取した物質に対して、太陽系内そして太陽系外の視点からその由来を考える時代になってきました。

また、今後の探査でもう一つ重要なのが「内部海」の存在です。先に述べたハビダブルゾーンは液体の水が存在できる範囲とほぼ重なっています。というのも液体の水は生命にとって必須であると考えられているからです。太陽からの距離が近すぎれば水は蒸発してしましい、逆に遠すぎれば氷になってしまうため、従来は地球付近の領域のみで生命が存在しうると考えられていました。しかし、近年木星や土星の表面が氷で覆われている衛星の分厚い氷の下に液体の水が存在することが明らかになりました。衛星内部の熱や潮汐作用による熱が分厚い氷の下に液体の水が存在することを可能にしていることが分かったのです。「内部海=地下居住可能領域」の存在が明らかになったことで、ハビダブルゾーン(生命居住可能領域)のパラダイムシフトが起こり、「海世界(Ocean World)」の探査も非常に興味深いものとなっています。木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスの調査は様々な知見をもたらしてくれるでしょう。

 

以上のような宇宙探査を行う際には様々な国が協力していく必要があります。各国が独自の武器となる技術を持ち寄り、人類の発展に対して貢献していくことが大切です。超低密度エアロゲルを用いて宇宙塵のサンプルリターンを図るたんぽぽ計画など日本の強みを生かして宇宙開発を進めていきたいと考えています。

 

生命が誕生するまでの壮大な物語は抗えぬ魅力を持っている。宇宙が生まれ、星が生まれ、死の瞬間に次なる命の種を蒔く。連綿と続く生命への歴史の中でやっと実をつけた地球の生命たちは奇跡の存在なのだろうか。

その答えを太陽系のさらに先に求めるのが天文学だ。地球と似た様な惑星も見つかるなどこの宇宙にはまだまだ私たちの知らない星々が存在している。宇宙の遥か彼方を、そして未来を見つめる天文学について説明してくださったのが日下部さんだ。

 

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日下部展彦 自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター特任専門員

 

「地球外生命はいると思う人、手を挙げて!」

 

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この一言に参加者のほとんどが一斉に挙手をした。「流石アストロバイオロジーに興味を持つだけありますね、皆さん」と感心する日下部さんは天文学という観点からアストロバイオロジーに取り組んでいる。

 

人類の文明は空を見上げることから始まったと言っても過言ではありません。人類を他の動物とは異ならしめている知的好奇心の根源である「見てみたい」を実現するのが天文学なのです。

 

探査機を送り込むことが難しい遥か彼方にある星についても知ることができるのが天文学の強みの一つです。近年、視線速度法やトランジット法、直接撮像法などの手法を用いて系外惑星に関する数々の発見がなされました。ホットジュピターというガスできた熱い惑星やエキセントリックプラネットという夏と冬の温度差が激しい惑星、昼と夜が場所で決まっている惑星、二つの太陽を持つ惑星などまるでSFのような惑星もさることながら、生命が存在することが期待できるような惑星も見つかっています。

系外惑星探査にも弱点があります。ハビダブルゾーンに位置する惑星は非常に遠く、得られる情報に限りがある問いうことです。生命を探すという観点から考えると、太陽系近辺の調査が重要になってくるでしょう。

 

太陽近辺の調査が重要なのは間違いないのですが、系外惑星ひいてはもっと遠くのものを見ようという取り組みはなされています。それがTMT(Thirty Meter Telescope)です。TMTは史上最大の光学赤外線望遠鏡で、高い解像度と集光力を利用して惑星表面の反射光、さらに大気を通過した主星の光を観測することで、生命に関連した酸素や有機物の検出を目指しています。2020年代の完成を目指すTMTをはじめとする多くの望遠鏡で、低温度惑星や第二の地球と呼ばれる惑星の大気の観測が本格化していくことが予想されています。

 

宇宙における生命を考えるためには様々な学問からアプローチをしていく必要があります。研究者同士が連携していくことが非常に重要となっていきますので、今日ここに集まった皆さんは是非とも仲良くなっておくといいと思います。

 

隣に座っている人がもしかしたら未来の仲間かもしれない。そんな不思議な巡り合わせに思いを馳せ、遠い目をしている参加者の意識を一気に壇上へと引き戻したのが高井さんだ。

「アストロバイオロジーはプロレスや!」という強烈な一言で参加者を引きつけ、生命の起源へ挑戦する情熱を語ってくださった。深海などの過酷な環境で暮らす生物たちから学ぶことで、生命とは何なのかという未だ統一的見解のない問いに対する答えを探っていく。

 

 

セッション3 生命の起源と深海と氷

高井研 海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋・極限環境生物圏研究分野分野長

高野淑識 海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員

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高井研 海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋・極限環境生物圏研究分野分野長

 

先の、アストロバイオロジーはプロレスや!という発言は、答えのないことをやっているのだから対立を恐れてはいけない、という研究者としての姿勢を反映したものです。

 

生命の起源と宇宙の起源は科学の二大究極命題と言えるでしょう。どちらも現状真実に辿り着くことはできませんが、生命の起源に関しては真実への道のりが見えてきています。

地球の生命と地球外の生命を比較することで生命の本質を見極めることができると考えています。だからこそ私は地球外生命を発見したい。生命の本質を理解することができれば、生命がどのようにして誕生したかを知ることができると考えているのです。

 

地球の生命とは何か、地球の生命の本質とは何かという問いの答えは未だ見つかっていませんが、答えに至るアプローチの一つとして生物の限界を探るという手法があります。生命という現象は、生物や細胞といった物体ではなく、生物が生命活動を営む環境そのものだと考えています。生命が存在することのできる環境と、生命が存在することのできない環境の境目を知ることで、生命とは何かを理解することができるのではないかと考えています。生物の限界を求めて、地球の深海に注目しています。

 

深海に注目するのにはもう一つ理由があります。それは深海で有機物が合成される反応が起こりうるからです。生命に必要なものはある程度まで絞り込めていて、エネルギー・元素・水の三要素は欠かすことのできないものだと言えます。この三要素は宇宙(惑星)にはありふれて存在しているので、有機物の起源を探ることが生命の起源を探ることにつながります。海底付近の熱水噴出孔と呼ばれる部分は、様々な物質が海底から吹き出すとともに反応の触媒となりうる岩石が存在していて、反応のエネルギーとなる熱も同時に存在する場所です。当然のことながら水も存在するので、有機物が合成され、それが生命の誕生へと繋がった可能性が高いと考えています。

 

深海を見つめることで、生命の限界を探り生存の条件を絞り込んでいくとともに、生命のもととなる有機物の起源を、生物の広がりを探っていくのです。両者の結節点に地球の生命の本質があるのではないかと考えています。生命を知るために深海を知ることは重要なことであると言えるでしょう。

 

そして海というものは地球以外にも存在していることが分かっています。エウロパやエンケラドスなどの内部海には地球と似たような条件が整っている可能性があるのです。土星探査機カッシーニがエンケラドスから吹き出すプルームのサンプルを採取し、エンケラドスの海に含まれる成分などの情報がすでに得られています。こうした氷に覆われた星の内部海を調べることは生命の起源へ迫る大きな一歩となるでしょう。

 

地球の海、そして地球以外の惑星の内部海は生命を理解することへの鍵であり、21世紀は太陽系海洋大航海時代となるでしょう!

 

生命の神秘を解き明かすのは君たち若い世代です。僕たちおっさんはもうすぐ消えますので、おいしいところは君たちが遠慮なくもっていってください!

 

直射日光に当たり続けたような、エネルギーの塊をぶつけられたような衝撃を受けるとともに、もうすぐ自分たちが科学の最前線を担う日が来るという感覚が参加者たちの胸にしっかりと刻まれたことと思う。

 

高井さんの後はやりづらいなあ、と柔和な笑みとともに登壇したのは高井さんと同じくJAMSTECの研究員である高野さんだ。高井さんを燃え盛る炎と見るならば、高野さんは滔々と流れる大河といった印象を受けた。研究対象も超好熱性細菌である高井さんと好対照で、南極などに生息する超好冷性細菌を研究される高野さんは、穏やかながらも確固たる意志を感じさせる口調で参加者たちに語りかけた。

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高野淑識 海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員

 

「求む男子と女子。至難の旅。僅かな報酬」

このタイトルは、1914年アーネスト・シャクルトンが南極探検隊員募集で掲載した広告を意識したものだ。南極大陸への過酷な旅を共にする仲間を募る際に紡がれた言葉を、私たちに向けたメッセージとしたのにはこんな思いがあったそうだ。

宇宙生物学を志すことは、宇宙を目指すことは、そして科学に一生をかけて取り組むことは、非常に険しい道のりを行くことを意味しています。他の職業に比べて、成果が出るまでにかなりの年月を要することもあるだろうし、もしかしたら成果が出ないかもしれない。皆さんのような優秀な人が他の職に就いた際に得る金銭的な報酬に比べたら、科学によって得る金銭的な報酬はわずかなものになるかもしれない。そんな厳しい旅路を私が選んだのは、それが楽しそうだったからです。夢や浪漫を感じたからとも言えるし、好奇心に従ったとも言えるでしょう。様々な分野の存在する科学において、私が化学を自分の専門にしたのは化学が好きだったからです。「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように、自分の好きなものをとことん追求していくことで開ける道もあるのです。

 

地球と宇宙を対象に、化学という手段で取り組む例として南極の微生物について触れたいと思います。

 

地球に生きる生命は果たして何度まで生きられるのか。この問いに答えるには二つの方法があるでしょう。一つはどこまでの高温ならば生命は生きられるのか。二つ目はどのくらい低温まで生命は生きられるのか、です。南極の微生物を調べるのは後者の方法をとる際に適していると言えます。

 

南極では一部の雪原が赤く色づく彩雪という現象があります。この現象は好冷性微生物が引き起こす現象です。赤く色づくことで太陽光の吸収率を高め、エネルギーを効率良く手に入れるとともに、太陽光を利用して周囲の氷を溶かし、溶けた水を利用して生きるという非常に面白い微生物がいます。南極という超低温の環境でも生命は活動しているのです。こうした微生物がどのようなメカニズムを有しているのか理解しようと取り組むのが化学的なアプローチです。

 

化学という手法を用いると微生物よりも大きな生物との関係性も見えてきます。窒素の通常よりも質量の重い安定同位体を追跡することで、微生物だけでなく高次の捕食者の存在も明らかにすることができます。物質の流れを追跡することで、極限環境における生命の挙動及び関係性を知ることができるのです。

 

自分が好きな化学を利用して、宇宙や地球のことを考えていくのは厳しいながらもとても楽しいものです。知的好奇心に素直に従って生きるというのは非常に豊かな生き方だと感じています。先ほどの言葉を補足するならばこうなるでしょう。

 

「求む男子と女子。至難の『楽しい』旅。『豊かな』報酬」

 

そして最後に自分の好きなことを手段として世界で戦うために必要な三つの条件を教えたいと思います。それは、Knowkedge,Language, Technique(知識、言葉、技術)の三つです。少なくとも二つを身につけなければ世界で活躍することはできないでしょう。

 

皆さんと遥か彼方を目指す旅を共にできればと思います。

 

鶴岡に到着したばかりの時は、聞きなれないアストロバイオロジーという学問へのちょっとした好奇心を抱いていたに過ぎない人も、宇宙に一生をかけて挑むのだという決意を抱いていた人も、身の引き締まる思いと共に次の一歩を踏み出す力を、講演という形を通じて先を歩む先輩方から受け取ったことだろう。今はまだ小さな蕾ではあるけれど、いつか大きな花を咲かせると信じて歩んでいければと僕自身も強く感じた。

 

質疑応答コーナー

 

冨田さん

Q.研究テーマはどのように選ぶのが良いですか?

A.テーマは自分の好奇心に従って選ぶのが良いでしょう。自分から追い求める研究は、追い詰められた時の馬力が全く違うものです。また研究テーマを選ぶところがサイエンスの一番面白いところでもあります。先輩のプレゼンテーションを聞くなどして情報収集してみてください。

 

藤島さん

Q,隕石に付着していたアミノ酸はどこでできたものなのですか?

A,その隕石の母星でできたもの、あるいは天体形成の過程でできたものである可能性が高いです。アミノ酸ができる条件を満たす環境は全宇宙に存在していることが現在の地球の生物が炭素をベースにしているのもそのためでしょう。

 

矢野さん

Q,1日100トン近い隕石が地球に降り注いでいるそうですが、どうやって測ったのですか?

A,人工衛星に衝突したもののエネルギーを計測することで、年間4±2万トンの隕石が地球に塗り注いでいると計算しています。

 

日下部さん

Q,バイオマーカー(生命の痕跡)にはどのようなものがあるのですか?

A,統一的見解は未だありません。酸素が見つかれば光合成が行なわれている可能性はありますが、酸素は無機化学的反応によっても生成するので、単一の物質が見つかれば直ちに生命がいると言うことは必ずしも言えません。

 

高井さん

Q,今現在深海の熱水環境で新たな生命が生まれる可能性はありますか?

A,可能性はゼロではないが、様々な機能を獲得した他の生物がすでに存在する現在では、昔に比べて可能性は低いと考えています。

 

高野さん

Q,窒素と高次捕食者との関係はどのようなものなのですか?

A,高次捕食者の糞に窒素が含まれています。生物の排泄したものから情報を得ることも可能です。

 

ディナー @レストラン百けん濠

 

講演を終え、参加者一行はバスに乗り込み夕食の会場へと向かった。

木の温もりが感じられるレストラン百けん濠で、講演者の方々を交えた立食形式のディナーパーティーが行われた。様々なバックグラウンドを持つ参加者同士が、自身の研究や興味について語りあった。質問しきれなかった疑問点を講演者の方々に思う存分ぶつける好奇心旺盛な参加者も数多く見られた。

 

お開きとなる頃には朝のような緊張感はすっかり溶けて消えてしまっていた。形容しがたい一体感のようなものさえ生まれていたように思う。

ここに集った皆は自分と同じように心踊るものに素直に向き合って一生懸命取り組む人たちなんだ、という事実がどれだけ心強いかを実感したことだろう。

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参加者交流会 @慶應義塾大学先端生命科学研究所センター棟

 

一行は、レストラン百けん濠からビオトープを越えたところにあるセンター棟に移動した。

ディナーの時には話せなかった人もいるだろうということで、学生達が皆で一つの円になって一人一人順番に自己紹介をしていった。昼の会場では発言できなかった子も、同年代の仲間に囲まれて嬉しそうに自分の事を話し始めた。皆の距離が少しずつ縮まっていくのを感じながら、1日目は終わりを告げた。

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